出岐雄大の箱根駅伝最強ランナーの引退理由や今現在は?山の神・神野大地が勝てなかった消えた天才?

今回は、元陸上選手の出岐雄大(でき たけひろ)さんについて調べてみましす♪

 

お正月といえば箱根駅伝ですが、出岐雄大さんは箱根駅伝で大活躍された選手で、青山学院大学史上最強のランナーと言われた天才ランナーだったんだとか!

 

そんな天才ランナー出岐雄大さんが、「消えた天才」で山の神と言われる、同じく天才ランナーの神野大地さんが、絶対に勝てなかった天才として出演されています。

 

天才ランナーと言われた出岐雄大さんは、25歳という若さで、現役を引退されていました。

 

ランナーで25歳で引退とは少し早い気もしますので、引退理由や、その後の出岐雄大さんは度されているのか気になるところですね。

 

天才ランナーといわれ、25歳の若さで電撃引退された、出岐雄大さんの、プロフィールや経歴や今現在は何をされているのか、あれこれ調べてみました。

 

では、さっそく♪

 

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出岐雄大さんのプロフィールや経歴は?

 

名前:出岐雄大
読み方:でき たけひろ
生年月日:1990年4月12日
出身:長崎県
学歴:北陽台高校卒・青山学院大学社会情報学部
所属:中国電力

 

出岐雄大さんは、小学校時代には、野球の経験もあり、中学時代はサッカー部に所属されていて、高校進学後もサッカー部に所属されていました。

 

中学では、練習でよく走らされていて、駅伝大会にも出場された経験もあり、高校でサッカー部に所属されていましたが、目標が見えなくなり、新しいことにチャレンジしたくなって、陸上部の顧問からの誘いで陸上部に入部されていました。

 

助っ人としても駅伝に出場されていましたので、陸上の顧問の先生の目に止まったのかもしれませんね!

 

その後、高校2年生の時に、佐賀インターハイ・3000mSC(陸上競技の障害走)で全国大会に進み、決勝進出を果たします。

 

高校3年生時の埼玉インターハイでも1500mと3000mSCで全国大会に進んでいます。

 

2009年に大学進学では、青山学院大学長距離ブロック監督であった、原晋(はらすすむ)監督から、熱烈なスカウトを受け、青山学院大学に進学されています。

 

大学時代は4年時にの箱根駅伝優勝を目標に陸上競技を続けていました。

 

同年の箱根駅伝予選会に出場し、青山学院は8位で予選通過し、翌年の箱根駅伝で出岐雄大さんは1区を任され、青山学院は総合8位に入り、翌年のシード権を41年ぶりに獲得しています。

 

2011年の箱根駅伝では2区に出場し、11人抜きの走りで、5位でタスキをつなぎ青山学院は総合9位で2年連続シード権を獲得しています。

 

2012年の箱根駅伝も2区を走り12位でたすきを受け、9人抜きをし3位まで順位をあげ、区間賞を獲得されています。

 

2013年の最後の箱根駅伝では、ふくらはぎの怪我があり10区を任されましたが、青山学院は総合8位となっていました。

 

出岐雄大さんは、4年連続で箱根駅伝をを走り、4年連続でシード権を獲得されています。

 

出岐雄大さんが、1年生だったとき「優勝しよう」といい、優勝を目指すチームになったと、原晋監督はいわれています。

 

出岐雄大さんが青山学院大学を強くしたともいわれていて、4年連続シード権を獲得しているのも、2年時の時の11人抜きや3年時の時も同じ2区で9人抜きを成し遂げ、チームに大きく貢献し、シード権の獲得につなげています。

 

青山学院大学が強くなった理由も出岐雄大さんひとりではないかもしれませんが、箱根駅伝の2区はエース区間といわれて、出岐雄大さんが前半から飛ばしていくダイナミックな走りを見た陸上選手が魅了され青山学院に入学される選手が増えたといわれています。

 

それまでは、原晋監督はスカウトには苦労されていましたが、出岐雄大さんに憧れて入学される選手もいるので、才能ある選手が集まるそうです。

 

この好循環が、現在の青山学院大学を強くし、出岐雄大さんの功績ともいわれていました。

 

その後大学を卒業され、中国電力に入社されています。

 

出岐雄大さんの引退理由は?

 

大学を卒業し、中国電力に入社し実業団チームで活躍されています。

 

中国電力に決めた理由は、監督の原晋監督が、OBだったことや、先輩選手がいることと、出雲駅伝で優勝したことに縁を感じたそうです。

 

実業団で活躍され、リオデジャネイロオリンピックを目指し、2度の東京マラソンに出走されていますが、思うような結果が出ず、その後25歳で現役を引退されます。

 

引退の理由は、モチベーションの低下を理由に言われています。

 

箱根駅伝以上の目標が見つからなかったとありました。

 

箱根駅伝はお正月の風物詩で視聴率もあり、人気もありますのでそれ以上の目標といえばオリンピックですが、結果も振るわずに目標を失ってしまったのでしょうね。

 

燃え尽き症候群とも考えられていて、箱根駅伝以上に目標を掲げることが、出来なくなってしまったのかもしれませんね。

 

オリンピックも大舞台ですが、出岐雄大さんにとって箱根駅伝以上にはならなかったのでしょうね。

 

勝負の世界で活躍するには、モチベションがなくては、才能があっても勝てるものも勝てませんね。

 

続けていくこともできなくなりますので、25歳と若すぎる引退を決意されたのでしょうね。

「実業団入ってから、一日たりとも手を抜かずに日々を過ごしてきたが、五輪は自分自身の中でそれほど大きなものではなかった。やはり箱根が一番だったと改めて感じた。長崎をはじめ、みなさんの応援には本当に感謝している。悔いはない。」

 

25歳で、引退を決意された、出岐雄大さんのその後と今現在が気になりますね!

 

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出岐雄大さんの今現在は?

 

出岐雄大さんさんは、陸上選手として引退はされていますが、中国電力にはそのまま残り、仕事をされています。

 

引退をされていても中国電力の実業団で陸上をされていましたので、引退しても会社に残ることは、できますね。

 

しかし、青山学院時代にチームに大きく貢献されていますので、監督やコーチとしても活躍できるのではないかと考えられます。

 

中国電力でも、陸上部でスタッフとして仕事をされているのか、確認しましたがありませんでした。

 

「消えた天才」で、今現在の様子が明らかになりますね。

 

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最後に

今回は消えた天才に、山の神・神野大地さんが勝てなかった天才として、出岐雄大さんが出演されています。

 

出岐雄大さんは青山学院大学の陸上部に大きく貢献されてた陸上選手でした。

 

現在の青山学院大学が強くなったのも、出岐雄大さんの影響も大きくあるとありました。

 

25歳という若さで引退されていましたが、引退理由は箱根駅伝以上の目標が得られず、引退されていました。

 

大学時代に4年連続出場を果たしていますので、それ以上が見つからなくなってしますのは、なんとなくわかる気がします。

 

出岐雄大さんは、陸上は引退されましたが、中国電力で業務をされているみたいでした。

 

陸上選手として、活躍されていますので今後はもしかしたら指導や監督などの仕事もされるかもですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

 

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