井村久美子(走り幅跳び)の亡くなった親友や過去にスランプは?現在や結婚した旦那(夫)子供は?【消えた天才】




今回は、陸上走り幅跳びで活躍された井村久美子さんについて調べてみます。

井村久美子さんは、末續慎吾(すえつぐしんご)さんが勝てなかった天才として『消えた天才』で紹介されていました。

末續慎吾さんは小学生時代は全国大会で活躍する走り幅跳びの選手だったそうですが、当時天才美少女として活躍されていた井村久美子さんの跳躍を見て、走り幅跳びを諦め短距離へ競技転向をされたそうです。

そんな天才美少女である井村久美子さんは、学生時代には記録を次々に更新され、日本記録も樹立されていましたが、その後は記録が低迷したそうです。

そして、池田久美子さんには同じ陸上界で共に頑張ってきた親友が亡くなってしまった過去があるそうです。

今回は、そんな池田久美子さんについてあれこれ調べてみました。

では、さっそく♪

スポンサーリンク

井村久美子のプロフィールや現役時代のスランプは?

引用:https://www.nikkansports.com/

名前:井村久美子(いむらくみこ)

旧姓:池田久美子(いけだくみこ)

生年月日:1981年1月10日

出身:山形県酒田市

身長:166cm

体重:53cm

血液型:B型

井村久美子さんは現在は結婚されていて、旧姓は池田久美子さんとして陸上・走り幅跳びの選手として活躍されていました。

井村久美子さんのおじいさんは、1940年の東京オリンピックの男子110mハードルの代表候補で、父親は元仙台育英高等学校陸上競技部コーチをされていました。

そんな陸上一家の井村久美子さんが陸上を始めたのは小学2年生からで、小学5年生で走り幅跳び4m46の記録をだし、小学6年のころには5m18という記録を出され、『驚異の天才少女』として、世間の注目を集めていました。

天才少女ですが、当時からルックスも可愛いと『天才美少女』ともいわれていました。

中学に進学後にもさらに活躍され、1年生のころに全国中学校体育大会陸上競技女子共通走幅跳で優勝されています。

発育差が大きくでる、中学生の大会で1年生が優勝するのは、珍しいことのようです。

その後も走幅跳で3連覇され、中学3年生の時に100mハードル、100mジュニアハードルの3種目で日本中学記録も樹立され輝かしい成績を残されています。

しかし、高校進学後は親元を離れ日大山形高校進学し下宿生活をされていましたが、慣れない生活もあったせいか記録も落ち込み、その後も父親が仙台育英高校のコーチに就任をきっかけに転向してされましたが、インターハイを制覇はできませんでしたが、高校最後の全国大会では優勝され、高校時代のベスト記録は6m14でしたがこの記録は、高校トップクラスの好記録でした。

この高校時代が井村久美子さんのスランプの時期だと言われています。

その後大学は福島大学に進学し、技術面の改良と体質改善に取り組み5年ぶりとなる自己新記録をインカレで出され優勝。

その後の日本ジュニア選手権でも好記録をだし優勝され、世界ジュニア陸上競技選手権大会に出場し100mハードルでも5年ぶりに自己新記録を更新し、走幅跳では当時の日本ジュニア記録をマークされ銅メダルを獲得されていました。

大学卒業後はスズキに就職され北京オリンピックに走幅跳日本代表選手として出場されています。

井村久美子さんは、女子走幅跳では日本記録保持者で、日本陸上界で小学生から社会人までの全年代で日本一になった実績があるすごい選手です。

しかし、現役時代に同じ陸上界で活躍され親友を亡くした過去もあるようです。

井村久美子の亡くなった親友は誰?

引用:http://idolsukiotoko02.blog27.fc2.com/

井村久美子さんの亡くなった親友は女子砲丸投日本記録保持者の森千夏選手です。

森千夏選手は女子砲丸投げの日本記録を7回も更新され、それまで世界レベルと大きくかけ離れていた女子砲丸投げを世界レベルまで押し上げた選手です。

井村久美子さんと同じ陸上界で実力ある選手で2人は同じスズキに同期入社されお互いに種目は違いますが切磋琢磨されていたそうです。

しかし、森千夏選手はアテネオリンピック代表決定直後から体調に異変を感じ始め、オリンピック本番では予選落ちになってしまっています。

オリンピック帰国後に入院し診断結果は膀胱炎と診断されていましたが、その後虫垂がんを公表されました。

森千夏選手は闘病されていましたが、2006年8月9日に26歳で亡くなられています。

森千夏選手とスズキに同期入社で年齢も同い年だった井村久美子さんは、親友でとても仲がよかったそうです。

お互い種目は違いますが、日本記録をお互いに出されていてオリンピックを目指していたので、分かり合えるところがあったのでしょうね。

井村久美子さんはアテネオリンピックには出場できなかったので、次の北京オリンピックを目指していて、森千夏選手と2人でメダルを獲ると約束されていましたが森千夏選手は亡くなられています。

井村久美子さんは葬儀では泣き崩れながら弔辞を読まれていました。

「久美ちゃん泣かないでね、って言っていそうだね。でも、森ちゃんがいないから寂しいよ…北京オリンピックでは、私と森ちゃんの2人で絶対にメダルを獲る約束をしたよね。北京では私が森ちゃんの分までメダルを獲って、墓前に報告出来るよう頑張るから」

その後、井村久美子さんは北京オリンピックに出場されましたが、予選敗退でメダル獲得の約束は叶いませんでした。

スポンサーリンク

井村久美子の現在や結婚した旦那(夫)子供はいる?

引用:http://www.imura-a-a.jp/

井村久美子さんは旧姓は池田として活躍されていましたが現在は結婚されていますね。

旦那さんも元陸上選手で2歳年下の井村俊雄さんという方です。

引用:http://www.imura-a-a.jp/

旦那さんである俊雄さんは、高校総体で棒高跳び2連覇をされ、大学時代で日本一になった実績もあります。

2人が出会ったのは、鈴鹿サーキットの運営の仕事で知り合っています。

同じ陸上をされていた事もあり、共通されていますのでお付き合いされ結婚されたのでしょうね( ^ω^ )

そして2008年にご結婚され、スズキを退職されていますがその後も現役の選手として、活動されていました。

井村久美子さんですが、選手として2013年まで現役を続けていました。

井村久美子さんさんはロンドンオリンピックを目指していて、夫である井村俊雄さんは勤めていた会社を退職されコーチとして夫婦二人三脚でオリンピックを目指していましたが、オリンピック出場は叶いませんでした。

その後、現役を引退され夫である井村俊雄さんと共にジュニア世代を中心し陸上を教える『井村アスリートアカデミー』を設立され、夫婦で講師として活動をされています。

子供さんはいらっしゃるようで、臨月の時に周りが止めるのを振り切って跳んだら、その日の夜に陣痛が来たそうです。

井村久美子さんは、本当に走り幅跳びが好きなんでしょうね^^;

今回は、陸上・女子砲丸投げで活躍されていた森千夏さんについて調べてみます。 6月23日放送のTBS『消えた天才』で陸上、女子走...

最後に

今回は、陸上・走幅跳で活躍されていてた池田久美子さんこと、井村久美子さんについて調べてみました。

井村久美子さんは幼い頃から天才美少女として注目されていました。

小学生から社会人までの全年齢で日本一になっている実績もあり、現在は結婚され夫婦で指導者として活躍されていました。

一緒に陸上を頑張っていた、親友の森千夏さんが亡くなられていて、大変お辛かったでしょね。

北京オリンピックでメダルを獲るという約束は果たせませんでしたが、オリンピックに出場するだけでも凄いことだと思います。

これからも、未来のメダリストの育成を頑張って頂きたいですね( ^ω^ )

スポンサーリンク

スポンサーリンク