今回は、フランス、パリでお好み焼きを広めたとされる、田淵寛子(たぶちひろこ)さんについて調べてみます♪
田淵寛子さんは、2018年11月26日放送の「世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~」で紹介されます!
舞台は、美食の国フランス、パリです!
美食の国フランス、パリで田淵寛子さんはお好み焼きを広げた日本人として出演されます!
そして田淵寛子さんのお好み焼きは、舌の肥えたフランス人から大絶賛されているそうです。
しかし、番組は「世界ナゼそこ日本人」ですので、田淵寛子さんの人生も、山あり谷ありの人生だと思います!
放送200回記念だけあって、田淵寛子さんは、かなりの波乱万丈があるのでしょうね!
そんな、フランス・パリでお好み焼きを広めた、田淵寛子さんのあれこれを調べてみたいと思います!
では、さっそく♪
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コンテンツ
田淵寛子はフランス.パリでお好み焼きを広めたシングルマザー
世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~
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ひょんなことから美食の国フランスへ渡り、日本人も大好きな“ある日本食”をパリで広め大注目!舌の肥えた現地の人々からも大絶賛されている37歳のシングルマザー。本格的な料理経験はなく、日本にいた頃はIT関係の仕事に就き充実した日々を送っていたというが、それがいったいなぜフランスで日本食を広めることに!?その裏には死をも考えた壮絶な人生ドラマが!
2018年11月26日「世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~」で紹介される日本人は田淵寛子さんです。
日本人も大好きな「あの日本食」はお好み焼きです!
ひょんなことから、フランスに渡っているのも気になりますね!
しかも田淵寛子さんはシングルマザーと紹介されています。
日本では飲食店などで、働いていている訳でもなく、IT企業で働いていて充実した日々から、お好み焼きにどうやったら行き着くのでしょうか?
まずは、田淵寛子さんのプロフィールや経歴などをご紹介します♪
田淵寛子のWIKIプロフィール
名前:田淵寛子
読み方:(たぶち ひろこ)
生年月日:1981年4月15日
出身地:大阪府
学歴:青山学院経営学部 卒
職業:「OKOMUSU」オーナー
お好み焼きは「粉物」ですので、やはり田淵寛子さんは大阪出身ですね!
田淵寛子さんは、私立四天王寺中学校高校卒業後され、青山学院大学経営学部に入学されています。
学生時代には、芸能事務所に所属されてタレント活動もされていた経験もあるそうです。
両親が公認会計士だったことから、同じ道を目指し大学に進学されたそうです。
そして大学在学中にコンサルティング会社を設立されています!
しかし、会社は残念ながら倒産されていました。
その後、29歳の時に婚約をきっかけに、IT企業に就職されます。
しかし、結婚されますがわずか3ヶ月で別居され離婚されています。
離婚後、田淵さんは、2012年にフランス、パリにお好み焼き屋「OKOMUSU」をオープンさせます。
しかし、離婚後なぜ、フランスでお好み焼き屋をすることになった理由が驚きでした!
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田淵寛子がフランスに渡った理由は?
引用:http://www.tabuchihiroko.info/2018/11/25/okomusu-04/
田淵さんは思い立ったらすぐに実行される人のようです!
ある意味、まっすぐな人です。
フランスで、お好み焼き屋を思いついたのも、完全に「ノリ」のような感じでした!
きっかけは、田淵さんは、結婚をされますが、わずか3ヶ月で離婚されています。
別居後に、行き場に困った田淵さんは、友人宅にお世話になります。
その友人は、フランスに6年住んだ経験があり、フランス人の友人も多く、結婚式を挙げる予定の日に田淵さんの気を紛らわす為に、自宅でホームパーティーを提案されました。
そのホームパーティーが25人も集まるパーティーになり、半数はフランス人!
そんな人数を仕切ったこともなく、パーティーの料理に悩み、思いつきでお好み焼きを作り振る舞ったそうです。
田淵さんは、大阪出身ですが家では毎週作っていたわけでもなかったので、レシピを見ながら生地を作り、食べたい時に焼けるように準備をされたそうです。
しかし、そのお好み焼きがフランス人に好評で「パリにお好み焼き屋ないからやればいいよ!!そうだよ!!!やりなよ!!!」と言われました。
田淵さんは、その言葉に調子に乗ってパリでお好み焼き屋をする夢を馳せてしまいました。
そして、その夢は実現されました…。
簡単にまとめると、
結婚したがスピード離婚され、行くところがなく友人宅に。
落ち込んでいた所、田淵さん励ますパーティーを友人が開催。
友人に外人の友達が多く、たまたま振る舞った日本食に外人が喜ぶ。
周りに、店をやった方が良いと言われ、その気になりパリにてお好み焼き屋をだす(・Д・)
田淵さんは、「相手がアメリカ人だったらアメリカに行って、ドイツならドイツに行っていたことでしょう。フランスが大好きなんてことは一切なく、偶然が重なっただけの出来事だったのです、当初は…。」
普通は、やらないですね^^;
その後、周りに「パリでお好み焼き屋をやりたい」と言ってまわっていてたら、大手お好み焼きソースメーカーの役員の方を紹介され、後に引けなくなったそうです。
もうね…田淵さんは、頭で思ったことを直ぐに実行される田淵さんですね。
結婚費用があったので、パリに言葉も分からないまま飛んでいます。
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田淵寛子がお好み焼きを広げた?
田淵さんは、「半分本気、半分冗談で言い始めたパリでのお好み焼き屋。」と言われていました。
大学時代に会社を経営されていたもで、起業に対しては慣れていたのかもしれませんね。
しかし、日本ではなく海外で企業とはなると、考えますね。
田淵さんはフランス語は、ほぼ喋れなかったそうです!
そして、単身フランスに渡りお好み焼き屋の出店の為に奮闘されていました。
出店ににはかなりの道のりがあり大変だったそうです。
しかし、田淵さんの行動力は、本当にすごいです!
分からないことがあれば、フランスに飛び現地の不動産屋にいき、英知を集める為にfacebookで呼びかけ100人以上の英知を集め、なんどもフランスと日本を往復されていました。
田淵さんは、人に縁があるように思います。
そして、行動力です。
パリでの目標を明確にし、目標や夢を口にし、人に伝えて実現されています。
確かに、頭の中で考えていても人には伝わりませんね。
そして、お好み焼き屋をオープンされる際には、「笑ってこらえて」で3ヶ月の密着取材もされていました。
なんとか、お好み焼き「OKOMUSU」をオープンさせています。
そして、お好み焼きは日本ブームも手伝いフランス・パリで受け入れられたようです。
現在は、パリに何件かお好み焼きのお店がありましたが、田淵さんのお好み焼き「OKOMUSU」が最初だと言われていて、お好み焼きをパリに広めたとありました。
評価も高く4年連続で、ミシュランと並ぶ強い影響力を持つフランス発祥のレストランガイドガイドブックGault et Millauに選ばれています。
田淵寛子のお好み焼きの評判は?
お好み焼き「OKOMUSU」の評判はかなり良いですね。
トリップアドバイザーの評価は高く4.0
口コミなども多くのフランス人からありました!
日本人の評価は、少し辛口な意見もありましたが、田淵さんは、お好み焼きを本格的に日本で修行されて訳でもないのでそこは仕方ないですね。
大手お好み焼きソース「おたふく」のソースを使われているので、メーカーの研修を受けているそうです。
ですので、家庭の味と言ったところでしょうか( ^ω^ )
パリのお好み焼き、美味しかったです! 日本人の女性がやっておられて、日本語も通じるので便利です。 焼きそばもあって、子供もご機嫌に食べました。(持ち帰りにして頂き ホテルで子供は食べました) ビールも日本の銘柄があり、パリに長い人には懐かしい生ビールも呑めると思います!
引用:https://www.tripadvisor.jp/
久しぶりのパリで「え!お好み焼き!?」とフランスらしいものを食べたいと
おもったのですが、やってきたお好み焼きはフワフワで
丁寧に作られていました。(キャベツも切り方も丁寧でした)
長期滞在されている方などはかなりオススメ。
お好み焼きにご飯お味噌汁という体に悪い組み合わせが
パリの滞在をホッとさせることでしょう。
引用:https://www.tripadvisor.jp/
パリに住んでいる日本人でしたら懐かしい味を感じること間違いなし。小麦粉感があまり強なく、ふわふわしているのでさっぱりと食べられてオススメです。東京出身の私からすると小さめのお好み焼きを1人一つ食べるなど初めての経験ばかりでした。
引用:https://www.tripadvisor.jp/
お好み焼き意外にもトイレがウォシュレットなのも必見ともありました!
しかし、田淵さんは現在はシングルマザーと番組でも紹介されていました。
スピード離婚からフランス・パリにお好み焼き屋を出店されて、子供はいませんでしたが、2017年に子供を出産されていました!!
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田淵寛子はシングルマザーの理由は?
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